そして・・・現実と夢の境界がない混ざった世界でも決着が着こうとしていた。

「あらら〜まずいですね〜」

琥珀の声は台詞こそいつもの如くであったが、その口調の中には危機感と緊張にはらんでいた。

「・・・はい・・・」

そして翡翠はその無表情さの中にもその眼に現状の危機への怯えとそれに屈さない相反する意思に満ちていた。

「・・・」

最後にレンはと言えば、やはり表情を変えず無言のまま周囲を見渡す。

もう何度、籠庵の猛攻を凌ぎきっただろうか。

だが、ここは現実であり籠庵の創り上げた悪夢の世界。

次々と籠庵の力で悪夢が具現化される。

だが、それに対してこちらの戦況はかなり厳しい。

現実と夢の境界が曖昧な所為なのだろう。

レンの力で一時的にも得た戦う為の力の大半を失い、完全な夢の世界では楽に倒せた悪夢の具現達を二人がかりでようやく倒せる程にまで弱体化していた。

まだ戦えるだけの力が残っているのが唯一の救いだが、それも後どれだけ持ち堪えられるか・・・

だが、その懸念は相手も同様だった。

本来悪夢の世界でだけ力を発揮できる籠庵にとって現実での戦いは長時間呼吸せず潜り続けるのと同様、若しくはそれ以上の酷使。

魂魄の損耗は他の五遺産の最終能力のそれより遥かに大きい。

正直に言えばもう限界も近い。

「ふむ・・・既に他は全て力尽きたか・・・もはや遺産はわし一人のみ・・・ならば六遺産最後の一人としての意地を押し通すのみ!」

籠庵の覚悟に応える様に琵琶がひときわ大きく現実世界を侵した悪夢の世界に響く。

次々と生れ落ちる悪夢の残骸。

「・・・」

とレンが翡翠、琥珀双方に視線をかわす。

夢を操るレンだからこそ気付いたのだろう。

この悪夢の結界が崩壊しつつある事に。

おそらくこの攻勢を凌げば勝てる事を。

その意図を言葉ではなく頭から伝わる思念に二人は顔を見合す。

「へっ?この悪夢の世界が壊れかけているんですか?」

「ですが・・・本当にそれで勝てるのでしょうか・・・」

二人は困惑するがそれを周りが許す筈もなく、一斉に襲い掛かろうとする。

「!!翡翠ちゃん、今はレンちゃんを信じましょう!」

「はい!」

命の危機が目前まで迫っているのを察した二人は頷きあう。

だがただでさえ弱体化している二人にこの数は想像以上の脅威。

普通に戦えばまず勝ち目はない。

だから、この手を使う。

「・・・少し恥ずかしいですが・・・暗黒翡翠流・・・」

「何言っているんですか!翡翠ちゃん、ここは夢なんですからもっと弾けちゃいましょう!出番アルね!」

翡翠は頬を赤らめて両手で大きく円を描き、琥珀はノリノリの笑顔で割烹着を脱ぎ捨てる。

その下には何故かチャイナ服を着ていたが。

「ご奉仕・・・推奨波!」

どういう原理か(夢の世界にそれを求める方が間違っているが)円を描き続けた翡翠の手に集まった気を一つの砲弾に形を変えて撃ち放ち、悪夢の残骸達を一気に薙ぎ払う。

「ふっ!あたたたたたっ!はっ!はあっ!てややー!」

琥珀は達人の領域のような動きで次々と攻撃を決めていく。

その一撃一撃は複数の悪夢の残骸を巻き込み結果的には翡翠のそれと大差ない数の敵を巻き込んで行く。

だが、それでも悪夢の残骸は相当の数を残している。

健在な残骸が今度こそ三人の息の根を止めようと迫る。

だが、それを止めたのは翡翠だった。

「お部屋をご案内します」

指で円を描き、微妙に文法の間違った台詞を呟いた瞬間、悪夢の残骸の動きが急激に鈍くなっていった。

おまけに動きが妙にぎこちない。

そして、それを見届けた琥珀が残骸達に突っ込む。

「琥珀流抜刀術奥義!!」

同時に左足を大きく踏み込み、今までとは比べ物にならない速度で仕込み刀を抜く。

同時に残った残骸は全て一刀の元に斬り伏せられ、霧散する。

その間隙を突く様にレンが光弾を撃ち放つ。

それは何も無い空間で弾け飛んだ。

だが、それと同時に悪夢の結界が大きくひび割れ砕け散る。

レンの一撃はこの結界の核・・・籠庵の象徴を撃ち抜いていた。

「うぐぐ・・・ここまでか・・・見事よ・・・非力と侮ったわしの負けじゃな・・・」

籠庵は既に下半身が消え失せ苦しげな表情で琥珀達を見やる。

だが、その眼光に先程までの妄執のような狂気は微塵もなかった。

その澄んだ眼に琥珀がたまらず問い掛ける。

「どうして・・・ですか・・・ここまでして・・・戦う意味が・・・」

「無論ある。お主らにとっては取るに足らぬ理由であっても・・・わし等にとっては退けぬ理由が・・・どうやら、息子も・・・孫も・・・同志達も・・・皆逝ったか・・・さあ、わしも逝こう・・・冥府につくかそれとも無に帰するかは判らぬが・・・」

そう独り言と大差ない言葉を呟き、籠庵は静かにその姿を消滅させていった。

「・・・終わりましたね翡翠ちゃん」

「はい・・・姉さん」

この場での戦いが終わったと悟り、力が抜ける。

と同時に、崩れ落ちるように二人は倒れこんだ。

「??あ、あれ?」

「力が入りませんね〜」

今の自分達の状況がわからずきょとんとするが何とか立ち上がろうとする。

それを押し留めたのはレンだった。

元々、戦いに関してはド素人も良い所の二人でも何とか戦えたのも夢の世界でレンの力を借りたからだった。

それに加え途中から籠庵の最終能力によって現実との境界すらもが曖昧になった事で、琥珀達は実際に自分の身体で戦わざるおえなくなった。

その結果、力を引き上げても身体はついて行く事が出来ず、無意識で酷使し続け、戦闘が終わった事とで緊張の糸が切れ、一気に肉体のダメージが跳ね返ってきた。

もし更に長時間の持久戦になった時には二人とも戦闘を行う所か、一生残りかねない障害すら負っていたかもしれない。

だが、二人ともレンの静止を振り切り、

「だ、駄目ですっ・・・まだ志貴様が・・・」

「そ、そうですよ・・・志貴さんが・・・」

無理をして身体を動かそうとするがそこへ

「あれっ?レン達じゃない。そっちも終わったの?」

幻陶との死闘を終えて聖堂に向かおうとしていたアルクェイドが姿を現した。

傷の方は軒並み完治しているが服は元に戻しようもなく、その白い素肌がむき出しになって、その端々に滲んだ血痕のみが激闘を物語っていた。

「あ、アルクェイド様・・・」

「そちらも終わられたんですか?」

「うん、結構手間取ったけど何とかなったわ。で、二人は大丈夫なの?」

そう尋ねるが、ピクリとも動かない二人を見てああと頷く。

「大丈夫そうでもなさそうね。それに志貴の所に這ってでも行くだろうから・・・じゃあ私が背負ってあげるわね」

そう言って軽々と二人をそれぞれ両肩に背負う。

そこに沙貴を担いだ青子が現れた。

「あら?お姫様、そっちも終わったの?」

「ええブルー、そっちも終わったみたいね・・・と言うかなんで沙貴だけそんなにぼろぼろなの?盾にしたの?」

「そんな訳ないでしょ。この子だって私の教え子なんだから。遺産がどう言う訳か沙貴にばっかり攻撃を仕掛けてきたからよ」

「そうなの?そう言えばあの双子、沙貴を殊更敵視していたわね」

更に聞き覚えのある声が聞こえる。

「アルクェイド、それにブルー!!」

「翡翠、琥珀!大丈夫なの!」

「全員無事のようですね」

シエル、秋葉、シオンも合流する。

「全員無事のようね」

「無傷とは言いがたいけど」

確かに現時点で戦力として健在なのはアルクェイド、青子位。

シエルは切り札である第七聖典が暫く使用不能なのが痛く、レンも夢の結界形成と維持に少なからず力を消耗している。

残る秋葉、シオン、琥珀、翡翠、沙貴に関してはほぼ戦力外と見て差し支えない。

「これでも行くの?志貴の所に?」

「無論よ」

「他の子は」

返事の代わりに首を大きく縦に振った、沙貴を除き。

「沙貴は・・・聞くだけ野暮ね。じゃあ行きますか?」

青子の言葉に明確な意思に満ちた表情で頷いた。









「野郎!」

俺は『凶神』を振るい次々と妖力を具現化していく。

だが、それらはどれも『凶夜』に届く事はなかった。

「はははっ!届くか!」

奴が手を左右に振る毎に具現化された力は悉くその方向に吹き飛ばされる。

『竜神』ですら『凶夜』の力にあらぬ方向に吹き飛んでいく。

おまけに四天王すら奴に届く前に重力に押し潰された。

「・・・力の流れを変えて俺の具現化の軌道を逸らしてやがるのか・・・器用な奴だ」

「当然だろう。俺は全ての『凶夜』の神だぞ。これ位出来て当然だ。そして」

そういった瞬間俺の体重が極端に重くなった気がした。

それと同時に危険を察した俺はその場から離脱する。

同時に今まで俺のいた空間から、なにかに潰れたような嫌な音が聞こえる。

「種はばれてるぞ。お前の重力操作は個人ではなく空間にだけ作用するって事位」

今のも俺の周囲の空間に重力をかけて俺を空間諸共押し潰そうとしていた。

もし個人に特定して重力をかけられるなら当に勝負はついている。

俺にだけ重力をかけて、押し潰してしまえばいいのだから。

「まあこれだけ多発してるんだから割れて当然か」

そう言っている間にもおれは再度具現化を飛ばす。

それを『凶夜』は容易く受け流す。

だが、その瞬間俺も一気に接近して『凶神』を妖力で覆い巨大な刀剣に形を変えさせる。

「おおお!!」

「ちぃ!!」

一気に振り下ろすがそれを間一髪で奴も異空間から巨大な刀剣を引きずり出して俺の『凶神』にぶつけ合う。

特殊な力を有していなかったらしく、『凶夜』の刀剣は直ぐに砕けるが、俺の攻撃をかわし回避するには十分な時間だった。

再度俺と距離を取り相対する。

「全く・・・とことんやるな貴様も・・・だがよ、何も重力は重くするだけが能じゃないんだぜ」

悪意に満ちた笑みを形作ると同時に周囲に違和感を覚えた。

重くなったのではない。

軽くなった、それも異常に。

「!!やばい!」

奴の意図を察した俺は直ぐに脱出を試みるが数秒遅かった。

俺の身体は宙に浮き上がり、進もうと体中を足掻かせても虚空を風船の様にぷかぷか浮かんでいるだけで、少しも前に進めない。

迂闊だった。

どうして気付かなかったのか。

重力を重くする事が出来るのならば逆に軽くする事も出来て当然のはず。

先ほどまで重力を重くする事しかしていなかった為、そちらにばかり注意が向き軽くする事に意図を向ける事が出来なかった。

「ふふふ・・・さあ、これで止めだ。逃がしはしない。このまま一気に・・・潰れろ!!」

奴の考えは明確だ、軽くなった周囲を一気に重くして、その勢いのまま何十倍の重力をかけて俺を圧殺する気。

「!!させるか!」

周囲が重くなるのより半瞬早く『天岩戸』を展開したのと同時に、周囲の重力は重くなっている。

俺は地面に叩き付けられ胸部を打ち付ける。

一瞬呼吸が止まったが、全身に鞭打って、歯を食いしばって意識を保ち、『天岩戸』の展開を維持し続ける。

どういった原理か『天岩戸』が重力の加重を緩和してくれているお陰だった。

多分、『天岩戸』がなければ俺は既に圧殺されている。

だが、それでも途方もない重力だという事は間違いない。

緩和されているにも関わらず、構える『凶神』が異常に重い、そしてうつ伏せに倒れた俺にも途方も無い圧力が加わる。

気のせいか『天岩戸』も軋む音が不吉に聞こえてくる。

「うううう・・・」

「しぶてえな・・・だが、もう逃がさねえ・・・これで終わりだ」

更に一帯の重力が重さを増す。

「ぁぁぁ・・・」

「潰れろ・・・潰れろ・・・潰れろ・・・潰れろ・・・」

壊れた人形の様に同じ言葉を連呼する。

その呟きに呼応するように更に体中に重さが増していく。

『天岩戸』の防壁でも無理だ。

これ以上重力を上げられれば圧壊される!

「潰れろ・・・潰れろ・・潰れろ・潰れろ潰れろ潰れろ!潰れろ!!潰れちまえ!!!」

狂ったように叫び、一気に俺を押し潰しにかかった。

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